

1. 1+1=1。
2. 歌に憧れてる。
3. 練習って、なかなかいいもんやな。
4. 刺激を受けるから創れる。
5. 痛みを味わいながら「素の自分」で勝負したい。
痛みを味わいながら「素の自分」で勝負したい。
──お話をうかがっていて、「1+1=1」に代表されるような感覚的な心地よさみたいなものがくばくさんにとっては大切なんだなぁと感じています。
くばく アッコウ堂のあるメンバーは、「この曲やりたい」って音源を渡すと、それを譜面に起こすわけでもなくひたすら聴くんです。だから具体的に覚えてる。「ここはこうやって食って」とか、コードも音そのもので覚えてるから、ピタッと合わせてくるんですよね。すごいなぁと思うし、そういうもんやなとも思います。音楽は具体的なもんやなって。譜面を見たら弾けてしまうのかもしれないけど、音楽ってもっと演奏している人の臭みやなまりや歪みのようなものをみんなで一緒にやる、みたいなものなのかなぁと。
ブラジル音楽にもそういう面があると思うんですよ。譜面上は16分音符だけど、全然その通りに演奏されているわけではなくて。伸び縮みするようなあの感じがむずいんすけど、やっぱ楽しいというか。何拍子だとかそういうことじゃなくて、「その音そのものやから、それでいい。それをみんなでやったらいいやん」と思うんですよね。もっとシンプルにみんなで同じノリを出せるといいですよね。
──生身の人間同士が、楽譜やルールを介すのではなくて音でつながってる、みたいな。
くばく ライブだと、普通お客さんのほうを向いて演奏するじゃないですか。でも、複数人の場合、できることなら演奏者同士で向かい合って音を出して、聴き合いながら演奏できたら本当はいいんですけどね。
──そのほうが、音そのものを合わせて音楽するというのがやりやすいですよね。少し話が逸れますが、今のお話は「どこ向いて音楽するのか」という問いかけも含む内容のように思いました。
くばく 音楽をやってると、謎がいっぱい出てくるじゃないですか。「お客さんを見て演奏するべきかどうか」というのは、最近よく考える謎ですよね。実はお客さんにたいして演奏するのではないんじゃないか、と。重要なのはどれだけ自分や、バンドであれば自分たちが楽しくやるかなのかもしれないという気もしていて。
実際はお客さんの反応を気にしながら演奏してしまっているし、もちろん楽しんでもらいたいとも思ってるんですよ。でも、まずは「ここ」を楽しむということなのかなって。答えにたどり着いたわけじゃなくて、まだ謎のままです。音楽をやってると謎だらけですよ。
──私はそこでつまずいてしまったかもしれません。お客さんや周りの反応に寄りすぎて、自分が楽しむことをちょっとないがしろにしていた部分があったんじゃないかと。振り返って今そんな観察もしています。
くばく そう言われると、ぼくもめっちゃあるなぁ。難しいですよね。なかなか答えがすぐ出るものでもないし。
──だから謎として抱えていらっしゃるんですよね。
くばく 謎はつねにいっぱいあるんです。「どこまでミュートしたらいいんやろう」とか。「やっぱりこうすべき。あ、でも、できない」とかね。ブラジル音楽のノリの理想を語ってみたわりに、自分自身は全然「音のスペース」みたいなものを作れずに埋めたくなっちゃうし。「できない!」って(笑)。

──小さな謎というのに収まらず、悩んだり苦しかったりしたことはこれまでの音楽活動でありましたか?
くばく 「なんで自分は音楽をやっているんだろう」ってふと思ってしまうと、立ち止まっちゃいますね。
これまでぼくはずっとオリジナルを演奏してきて、ここ数年はカバーも演奏するようになりましたけど、オリジナルとカバーは気持ちの面で全然違うということがわかったんですよね。
オリジナルは、うまくいかなかったときの気持ちのダメージが大きい。カバーの曲だって演奏してうまくいかなくてヘコむことはあります。でも自分で作ったものの結果なのか、だれかの作品なのかでは全然違って。さらに言えばインストよりも歌のほうがダメージが大きいし、バンドかソロかでも変わる。だからソロで日本語のオリジナル曲を弾き語りしている人は、そのダメージを大きく受けているようにも見えますね。
ぼくはその意味で、最近はカバーを演奏することで、ある種の拠り所を得ているんですよね。
今後ブラジル音楽をひとりで演奏していくのであれば、ボサノバの方面でもっと深めていきたいんです。でも他方では、本当は痛みを味わいながら「これが素の自分です」っていうものを、言い訳もなにもないところで勝負していきたいなという気持ちもあって。ジャンル関係なく、「ようわからんおっさんが、ひとりこんなんやりました」って活動できるといいかなと思いますね。
──自分をそのまま差し出して勝負してみたい。
くばく 常にくよくよ迷ってるんですよね(笑)。ぼくの曲には子どもが親しめるような歌が多いと言ってくれる人がいたら、そちらを目指してみようかなとか。でも、ぼくは詩が好きだから詩的な表現に振るのもいいなとか。詩はあの「孤独に勝負している感じ」に惹かれるんですよね。それなのにぼくは真逆に、いやらしく言うと「なにがウケるのかな」と考えているとも言えるし、「自分ができることとして一番値打ちがあるのはなんやろう」と思ったりね。
ブラジル音楽であれば、ぼくはポルトガル語でのカバーよりは日本語のがいいかな、とかね。周りには、ポルトガル語のままでいい歌を歌う人もいてそれは素晴らしいし、自分のようにポルトガル語の歌を日本語で歌おうとしている人の気持ちもすごくよくわかる。なにがどうだというわけではなくて、いろいろ見ながら「自分はどうしよう」って考えるんですよね。難しいですね。頭でっかちで嫌です。音楽とは一番かけ離れたところの話です。
──自分自身の根本の話ですよね。現時点で今後やってみたいことはありますか?
くばく ぼくはある時期から音楽がより好きになったんですよ。それは、ライブを観に行く前にアルバムを聴き込んだり前情報を入れたりせずに、初見で接して楽しむようになったからだと思ってて。そういうライブを自分もやっていけたらいいですね。「全然知らないお料理だけど、おいしいね、これ」みたいな感じで、全然ぼくのことを知らない人がパッと聴いても楽しんでもらえるように、歌が味わえてユーモアもあるようなライブができたらいいなって。
あとは毎年やろうやろうと思い続けている音源づくりも…そろそろできたらいいなと思ってます(笑)。
(オワリ)
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