

1. 「おもしろさ」の変化
2. 「サンバは、進化し続けている!」
3. ブラジル人との出会いと衝撃
4. 「続いてほしい」場のバランスとチューニング
5. 1ミリでもブラジルに近づきたい。
ブラジル人との出会いと衝撃
──サンバを始めてこの間、ご自身にとって印象深かったことや驚いたことなど、インパクトを受けた出来事はありましたか?
よっしー 大きかったのは、ビバのパゴーヂでブラジル人たちと出会ったことじゃないかな。
ひとことで言うと、めちゃくちゃかっこよかった。
今も出町(サンバ)に来てくれてる人もいるしもう来てない人もいるけど、あるとき、カポエイラの人たちと一緒に来てくれたときのことが印象的で。わーっとすごいことになって、その盛り上がりにちょっと度肝を抜かれてしまって…。あのとき本当に、めちゃくちゃ輝いて見えたんすよね。
──「こんな風になりたい!」って思ったんですか?
よっしー そうすね。めちゃくちゃかっこよかったんすよ。歌も演奏も、やっぱサンバのリズムに乗ってるんだろうね。ファッションから振る舞い、雰囲気まで全部かっこいい。「わ、本物や〜!!!」みたいな感じで(笑)。
それまで自分もサンバやってきたけど、なんか全然違うというか、「どうやったらこの人らと一緒に演奏できるんやろうな」って思ってしまって。もちろんパゴーヂでは一緒にやってたけど、今よりももっと自分は下手くそだったし、正直けっこうビビりながらやってたからね、そんときは。自分がサンバのリズムに乗れてないんじゃないかって。

よっしー だから最初は一緒にサンバやるのもおそるおそるで、話しかけるのもちょっと緊張するぐらいだったけど、時間が経つにつれてだんだん仲良くなって。
滋賀から来てる人が多かったから、滋賀のコミュニティでやってるパゴーヂに呼んでもらうようにもなって、何人かでよく行ったんだけど、そこでの光景はすごい衝撃だった。
──「これか〜!!!」みたいな感じ?
よっしー 夜中にわらわら人が集まり始めて、朝までやり続けるみたいな(笑)。「すげぇ、日本にこんなブラジル人いるんや。しかも、わりとすぐ近くに」って。
今思うと、ほんまにいい出会いだったなって。日本各地でパゴーヂはあるけど、ブラジル人だけでやってて日本人は入りにくかったり、逆に日本人だけでやってる場所もたくさんあるだろうから。たまたまビバに来てくれたブラジル人は、日本人と一緒にやることにも興味を持ってくれる人たちだったから、すごいいい出会いだったんだろうなって。
──「交わろう」ってスタンスの人たちと出会えたってことですもんね。

よっしー あと、彼らが演奏してた曲にもすごい影響を受けたと思う。
それまでは、パゴーヂの曲でもわりと限られた範囲の曲だったり、エンヘード系が多かったんだけど、そこに、たとえば Fundo de Quintal でもいろんなテイストの曲や、Jorge Aragão とか、いわゆるサンバ・ハイスを中心に演奏してて。
1曲始めるとね、ずーっと曲をつなげて演奏するんすよ。何曲も何曲も。「すげぇなぁ」って。カバコの弾き方も今まで見てたのと全然違って、派手で華があって。アフロの要素を取り入れてる人もいたから、そういうのにもだいぶ影響を受けたと思う。
──本場感というか、「濃いサンバ」を見た、という感じだったんですね。

よっしー ブラジル人コミュニティの人たちと知り合ったってこと自体が、自分のなかでけっこう大きくて。
ブラジル人の多くが日本に働くために来て、けっこうきつい仕事してるみたいなんすよね。工場で働いてたり、トラックの運ちゃんだったり。そういうのやりながら、でもパゴーヂの場になったらめちゃくちゃ楽しんでる。そういうところを、「すごいたくましいなぁ」って感じて。
だから、ブラジル人コミュニティにすごい興味が湧いて、そのへんからだよね、「ポルトガル語勉強したい」って思うようになったの。
──ブラジル人とポルトガル語で話したかった。
よっしー ブラジル人の先生に習おうとしたら、「ポルトガル語の前にまず最低限の英語の文法を知っておいたほうがいい」って言われて。「ゼロどころか、マイナスからのスタートやん」って感じでした(笑)。
──音楽や歌うためではなく、「ブラジル人と会話したかった」。つまり「人」への興味が勉強の動機だったんですね。
よっしー ぼくにとって出町サンバのホーダが楽しいのは、仲間とわいわいできることと、ブラジル人たちが来てくれて一緒に演奏できることなんすよね。
──ブラジルの風を感じていたい。
よっしー そうそう。最初に感じたインパクト。やっぱそこをめざしたいなっていうのがあるね。あの衝撃はすごかったよ、マジで。強烈に覚えてる。
──最初に出会ったブラジルルーツの人たちのインパクトやイメージが、ずっとよしさんのなかにあるんですね。
