

1. スタートは、楽器作り
2. マムレンゴは、いろいろ”都合が良かった”
3. プレーヤーとオーディエンスの曖昧な関係性
4. 雑に楽しみたい
5. リスペクトはするけど、配慮はしない
6. サンバのできる老人ホーム
リスペクトはするけど、配慮はしない
──これまでの活動のなかで、悩んだことや悶々(もんもん)としたことなどはありましたか?
じゅんぺー 「”日本ナイズド”されたものを日本で楽しんでいたい」っていう自分の考えを、ブラジル音楽をやってる日本の人に話したことがあって。そしたら、けっこう怒られてんか。「そういうのは、音楽のルーツやそこにいた人たちのことをちゃんと理解して、できるようになってからやることであって、最初からそんなふうに勝手に解釈してやるのは失礼だ」って。
きっとその人の癪(しゃく)に障ったというか、いやな気持ちになったんやろね。それでぼく自身がヘコむことはなかったけど、ぼくがなにか自分の思うことを言ったり、自分のやりたいことを行動に移したりすることで、だれかがいやな思いをすることもあるんやな、って思うことがあったな。
──なるほど。

じゅんぺー ブラジルの曲に日本語詞をつけることは、賛否色々あるらしくて。とくに、宗教音楽やそれをベースを持っていたりする音楽は、わりと厳しそうね。
たとえば、カンドンブレのなかでもヨルバ文化をルーツに持つ系統では、ヨルバ語で歌うし神を崇める。ヨルバ語がわからない人もいるけど、「みんなにわかりやすくするためにポルトガル語にしよう」とはならない。
だから、ルーツの言語や文化を大事にしたい人にとっては、そこで使われている言語から違う言語に変える・訳すってことに抵抗感や嫌悪感を覚えるんだろうし、「日本語にしてみんなで歌えるようにしようよ」というのは、むしろちょっと怒りたくなってしまうことなのかもしれんねんな。
サンバはあまりそういう感じではないとは思うけど、ブラジル文化に親しんでいる人やよく知っている人にしてみると、ぼくが勝手に歌詞をアレンジしたりするのは、「文化を盗用している」と思うのかもしれんし、実際に Ave のインスタに「これはあなたたちの文化じゃない」って書き込みされたこともあったよね。
──そうなんですか。

じゅんぺー だから、日本語詞を作ることについて、最初は「どうなんやろう」とは思ったけどね。
でも、ポルトガル語だと日本の人にとっては接しにくいし、ぼく自身は「この音楽いいな」と思ってるからやっているので、こういう出来事を受けて、その文化に対するリスペクトは持ちつつも「もう配慮はせえへん」ってことを、けっこうしっかり自分のなかに決め込んだ。
──リスペクトはするけど、配慮はしない。
じゅんぺー なにかしら元にあったもの(原曲)に手を加えるにあたっては、今後もそういう問題は出てくるんかもな、と思って、それを腹に決めたって感じ。
もちろん、逆に、日本で日本語で日本人が取り組んでることを好ましく見てくれる人もいるからね。それはもう、個人個人の価値観やから。全員に気に入られるのは無理やし、そこを狙っていくのが自分のやりたいことでもないし。
──そうですよね。
じゅんぺー きっと、これがもう完全に「”日本ナイズド”されたなにか」になったら、たぶんなにも言われなくなるだろうし、早くそういう位置づけのものになっていくといいな、とは思ってる。
だから、今はまず、自分が「いいな」と思ってるブラジル音楽や文化を日本語にして広く知ってもらって、それを見たり聴いたりしている人たちが「なんかいいやん」ってやりだして、それが早く文化になるところまでいったらおもしろいんちゃうかな、とは思うけどね。

