
波と音楽を追いかけてたら、サンバが流れこんできた

1. Gloria Estefan との出会い
2. 押し寄せるサンバが連れてきた世界
3. ”浮き沈み”の「波」に乗る
4. スタジオが、とにかく楽しい。
5. 「俺は、サンバだぜ。」
橋本さんのキーワード – palavras-chave de Hashimoto-san –
あけみサンバ 受け入れ受け入れられ 音楽好き カバコ カポエイラ サーフィン そこにいつもふわっとあるもの ただそれが楽しい 波 まとめ役
インタビュー 2025.10.31
公開日 2026.3.29
──ブラジルや音楽関係で、今どのようなものにかかわっていらっしゃるか、全体像をまずおうかがいしたいです。出町サンバにいらっしゃったり、あけみサンバでのご活動、あとは踊りもされていらっしゃいますよね。
はしもと メインはあけみサンバかな。出町サンバは、最近は行けるときに行ってる感じやね。踊りについては、一時期ガフィエラを習ってたけど、今は時々見に行くぐらいかな。ダンスはね、もういいです(笑)。難しい。
──以前ルンビータさんにお邪魔したとき、踊っていらっしゃいました。
はしもと 基本的なことはね。もともとサルサやってたから。
Gloria Estefan との出会い
はしもと 父親が三味線を弾いてたんで、子どものころから音楽はずっと好きで。小学生のとき、リコーダーが得意やって、みんなの前で先生に「橋本さん、見本で吹いてみてください」とか言われたり。あと、当時好きやった子がピアノが上手だったとか。
そういうのがあって、「ギターやろう」と思って6年生のときに JEUGIA にクラッシックギターを習いに行き始めたんですよ。中学に入ってからは、近所のやつらと一緒にバンドやるようになって。

はしもと 当時、高中正義ってギタリストが好きやったんね。この人、すごいラテンテイストなん。「Rio」って言葉が使われてる曲もあるくらいで。でも、僕はそのときは、ブラジルとかそんな意識はしてなかったね。「リオってとこがあんねやな」くらい。中高では、サザンオールスターズや HOUND DOG とかの曲をコピーして演奏してましたね。
高校卒業して、お菓子の修行(*)に北海道に行ったときに、ウィンドサーフィンにハマって、帰ってきてからバリ島に行ったんよ。で、そこでね、露店が並ぶなかにカセット屋さんがあって。まぁ海賊版のカセットやろうけど、200〜300円とかで売ってるわけよ。で、夜とかに見に行ってたら、Gloria Estefan のカセットを見つけたの。(* 橋本さんは、京都で135年続く和菓子屋「先斗町駿河屋」の4代目店主としてお店を営まれている)
──グロリア・エステファン?
はしもと Miami Sound Machine(以下、「MSM」) っていう、アメリカのラテンポップスバンドのボーカルで。当時、彼女の歌う「Conga」っていう曲がすごい流行ったんやけど、その MSM が高中正義のアルバム制作や演奏に関わったりしてたので、俺は Gloria Estefan を知ってたの。
その Gloria Estefan のカセットが、バリのカセット屋さんに2つあって。そのうちの1個が、全部スペイン語で歌われたキューバの音楽やったんよ。彼女の両親はキューバ人で、マイアミに亡命してたので、彼女のルーツはキューバにあるのね。そのカセットに入ってた『Mi Tierra』ってアルバムが、すっごく気に入って。「あ、なんかすんごいええな、この響きがいいなぁ」と思って。それを愛聴盤として、CDも買った。
はしもと そのあと、サーフィンしにスリランカに行ったとき、海から上がって宿の前の芝生の上で、『Mi Tierra』を聴いてたんよ。ほんなら、同じようにスリランカに来てる日本人の先輩が、「そんな音楽が好きなんやったら、プエルトリコに行ったら、つねにそういう音楽が流れてていいよ」って言うの。波もいいし、って。それ聞いて、次の年にプエルトリコに行ったんですよ。
そこで初めて「サルサ」っていうのを認識して、Gloria Estefan とサルサがつながって、「俺はこっちが好きやな」と思った。
サーフィンしてる人たちって、レゲエが好きな人が多くて、「サーファー=レゲエとマリファナ」みたいな印象があったりするんやけど、俺はちょっとレゲエはあんまり好きになれないな、と思ってたんね。ほんで、「あ、俺は完全にこっちやな」って。

──ご自身の「好きな感じ」にヒットしたんですね。
はしもと もうそしたら、サルサっていうのが気になりだすやん。
で、プエルトリコから帰ってきてから木屋町を歩いてたら、「サルサ」っていう字が書いてあったのよ。それが、ルンビータの前身の店やった。そこに行くようになって、サルサのこととか聞いたりして。
ほかにも京都でサルサできるところないかな、って調べてたら、一乗寺に「ゴーディ」って店があったんよ。で、そこに行ったら、まあ音楽好きの人がいっぱいいて。ダンスを教えてくれるとこやったけど、踊りよりは音楽をみんなで聴きにライブ行こうとか、そういうのをやってる女の先輩たちがいはって、そこでもすごく影響されて、いろんなサルサのライブとか行ったりしてた。
──なるほど。
はしもと そしたらあるとき、当時、俺は滋賀県に住んでたんだけど、滋賀県の新聞の「県民コーナー」みたいなところに、カポエイラの案内が出てたのを見つけたん。「カポエイラは、ダンスでもあり、格闘技でもあり、そして音楽もすごく重要なんですよ」って書いてあって。当時、健康のために空手をやってたのね。「これ俺……サルサと空手もやってるし、カポエイラ行かなあかんのちゃうの?!」と思って。
今はもうないねんけど、甲西にブラジル人が建物まるごと、ホテルやレストラン、売店なんかを経営している場所があって、そこで先生がカポエイラを教えてはったんね。見学に行って、「こりゃ楽しいな」と。で、習いだした。
それがブラジルとの出会いやね。
